アート間のジャンルの越境~音楽的アプローチ

 美大の子から聞いた話で、美大ではとりあえず原則として音を扱うのは無しとされているそう。それはまだ分かるけど、なんかこの問題の周りに得体のしれない微妙な雰囲気を感じるので、少し考えてみようと思う。

 例えば現代音楽、クラシック音楽の伝統の流れを汲んだ現代音楽には色々ある。声楽作品だけとっても、作品中に楽音というか歌声というかがほとんど出てこないどころか、音楽というより演劇とかパフォーマティヴ・アートとか言いたいようなものがある。(言葉の定義。。必要なら後ほど追記します。)でも重要なのはそれは「音楽」であることだ。作曲家はそれを「音楽」として世に送り出してくる。楽譜もちゃんとある。

すべては音楽のコンテキストで、音楽的なアプローチのもとに実現される。音楽的アプローチとは、すべての音(と無音)を楽音としてとらえ、演奏家自身の音の美的センス(音楽的センス?)で空間にそれを配置・構成して描くことだ。動きが加わることになれば、それも音楽の一要素となる。

 

 音楽とは何か?―物質として目に見えない世界の芸術、そこに確かに存在するが、次の瞬間には消えてなくなるもの、時間をコンポジションすること。(無形であるという点は演劇や舞踊と同じだが、向かう方向は全く異なる。※1・2)

 ※1 音楽の向かう方向と特徴的な要素:
「感覚世界」「"意味"を脱した所にあるもの」「肉体とのつながり※3」。私にとって良い音楽は、私たちが生まれる前にいた世界(イメージ。)に連れて行ってくれる。自我が飛ぶ。地上の重さを忘れさせてくれる。音の世界に自分が溶けてしまって、魂が軽くなるような気がする。・・・そんな感じ。。
 
 ※2 音楽でできること:
Gefühl(Feeling)を描くこと。平たく言えば、「言葉にできない想い・感覚」を人の眼の前にひらいて見せることができる。勇気があれば。

 

つまり、何か描きたいもの(想いや感覚、情動、、パトス?これが音楽の主分野?)があって、それを音で表わすのがもともとの音楽のようで、、。まだここ掘れそう。。でもって声楽の場合はまた、言葉をのせることが可能な楽器だから、演劇や文芸の分野にも半分足を突っ込んでいる。だから使いようによっては、言葉を持たない楽器よりロゴスの要素がたくさん入ってくる。でも人間ってそもそも色んな要素が詰まっているものだから、歌こそ人間そのものなんだと思うな。

 

つかれた。

 

暫定的結論:

・音楽的アプローチが何かを分かっていて実践できる人が、音楽的にアプローチすれ ば何でも音楽になる。(現在のところムリヤリ感は否めないけど。)

・音の世界の住人になった以上、音を船としてどんなところでも「これは音楽で   す。」と言って漕ぎだして行けば、傍目ジャンル越境しているように見えても単に 持ち替えの要領(?)で、本質は音楽のままであると言えないか。(リバーシブル 。)